無機酸化物
IR、Ramanスペクトル計算
無機酸化物は様々な結晶系を有しています。無機ガラス等の実材料において、結晶系の違いによる局所的な原子間の結合距離や角度の差異を調べる方法としてIRスペクトルやRamanスペクトルの測定が行われています。ここでは第一原理計算を用いて無機酸化物のIR、Ramanスペクトルを計算する方法を説明します。例としてSiO2(stishovite)、ZnO、α-Al2O3を用います。
1.計算モデル作成
Import Materials画面で物質名SiO2(stishovite)、ZnOおよびα-Al2O3を検索することで簡単に必要な結晶構造を入手することができます(図1および図2)。また計算を実施した各結晶の空間群は表1の通りです。
図1 Import MaterialよりSiO2結晶構造を検索
図2 計算を実施した各結晶の計算モデル
表1 計算を実施した各結晶の空間群
2.IR、Ramanスペクトル計算の実行
表2 IR、Ramanスペクトル計算の計算条件
Quantum Espressoではph.xおよびdynmat.xを用いてIR、Ramanスペクトルを計算することができます。計算には振動モード解析を行うため、入力構造はエネルギー最安定の構造とする必要があります。そこで、ここでは格子定数と内部座標の同時最適化(vc-relax)も行いました。表2にIR、Ramanスペクトル計算の計算条件を示します。
図3、図4、および図5にSiO2(stishovite)、ZnO、およびα-Al2O3のIRおよびRamanスペクトルの計算結果を示します。また、表3および表4に計算より得られた吸収ピークの吸収位置を示します。吸収ピークの強度は実験結果と完全に対応させることは困難ですが、吸収ピーク位置は実験結果と近い結果を得ることができています。
図3 SiO2(stishovite)のIRおよびRamanスペクトルの計算結果 (左) IRスペクトル、(右) ラマンスペクトル
図4 ZnOのIRおよびRamanスペクトルの計算結果 (左) IRスペクトル、(右) ラマンスペクトル
図5 α-Al2O3のIRおよびRamanスペクトルの計算結果 (左) IRスペクトル、(右) ラマンスペクトル
表3 IRスペクトルの吸収ピーク位置
表4 Ramanスペクトルの吸収ピーク位置
また、図6、図7、および図8に各結晶の吸収ピークに対応する基準振動モードを示します。基準振動モードは可視化ソフトXcrysdenを用いて可視化しました。XcrysdenはExabyte.ioのリモートデスクトップ機能で使用することが可能です。
図6 SiO2(stishovite) のIR、Raman吸収ピークの基準振動モード
(単位:cm-1、括弧内は基準振動の対称性とIR活性(IR)およびRaman活性(R)の識別)
図7 ZnOのIR、Raman吸収ピークの基準振動モード
(単位:cm-1、括弧内は基準振動の対称性とIR活性(IR)およびRaman活性(R)の識別
図8 α-Al2O3のIR、Raman吸収ピークの基準振動モード
(単位:cm-1、括弧内は基準振動の対称性とIR活性(IR)およびRaman活性(R)の識別)
3.IR、Ramanスペクトル計算のワークフローについて
Quantum EspressoでIR、Ramanスペクトルを計算するためのワークフロー(図9)と詳細情報を表5に示します。
図9 IR、Ramanスペクトル計算のワークフロー
表5 IR、Ramanスペクトル計算のワークフロー情報
IR、Ramanスペクトル計算のワークフローはBankから「IR-Raman_spectrum」を取得してご利用ください。
4.Xcrysdenを用いた基準振動モードの可視化
ここではXcrysdenを用いて基準振動を可視化する方法を説明します。Remote Desctopを起動し、Applications ⇒ OtherからXcrysdenを選択します(図10、図11)。
図10 Remote Desktop画面からXcrysdenを開く
図11 Xcrysdenの起動画面
File ⇒ Open Structure ⇒ Open AXSF(Animation XCrySDen Structure File)の順に選択し(図12)、File Browserから該当の計算ディレクトリへ移動し、dynmat.axsfファイルを選択してOKをクリックします(図13)。
図12 XcrysdenでAXSF形式ファイルを開く
図13 XcrysdenのFile Browser画面
dynmat.axsfを開くと、メイン画面に結晶構造が表示されます(図14)。基準振動を表示するにはDisplay ⇒ Forcesを選択します(図15(a))。初期設定では基準振動のベクトルのサイズが大きいため、Midify ⇒ Force SettingsよりLength Factor(ベクトル長)やVector thickness factor(ベクトルの太さ)を調整しUpdateボタンをクリックします(図15(b))。
図14 dynmat.axsf読み込み後の画面(SiO2(stishovite))
図15 基準振動ベクトルの表示
Animation Control Center(Modify ⇒ Animation Controls)の矢印ボタンをクリックして、Current Slideをspectrum_peak.dat中の解析したいピークのmode番号に設定します(図16)。メイン画面右側の操作パネルを使ってモデルの並進、回転、拡大縮小を行うことができます(図17)。
図16 Animation Control Centerの操作
図17 SiO2(stishovite)の振動モードの可視化(mode番号4)
6.計算時間とコスト
最後に本計算の実施にかかった計算時間とコスト表6に示します。
表6 IR-Ramanスペクトルの計算時間とコスト(セービングノードを使用)
材料 | 計算時間 | 金額[ドル] |
---|---|---|
SiO2(stishovite) | 約9分 | 0.14 |
ZnO | 約40分 | 0.58 |
α-Al2O3 | 約2時間15分 | 1.93 |
参考文献
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