概要

自動車のボディなどの構造物において、異なる材料を適材適所で使用するマルチマテリアル化が注目されています。マルチマテリアル化においては、異なる材料の接合部がウィークポイントとなるため、異種材料接合技術の進歩が求められます。特に、金属と樹脂の接合では、接合界面におけるナノスケールの相互作用が結合強度に多大な影響を及ぼします。そこで、実験では結合部の現象を詳しく解明するできないために分子シミュレーション技術を用いた研究が進められています。
まず初めに、どのポテンシャルを使えば良いかを検証するため、ReaxポテンシャルとLJポテンシャルを用いて、軽金属であるAlと熱可塑性CFRPの母材として使用されるPA6の接合部の剥離について分子動力学(MD)シミュレーションを用いて行いました。

計算方法

AlとPA6の接合においては、Al酸化皮膜(α-Al2O3)とPA6の界面で接合すると仮定し、α-Al2O3とPA6の平滑界面の剥離シミュレーションを行いました。ポテンシャルはReaxポテンシャルとLJポテンシャルを用いました。α-Al2O3/PA6界面は、α-Al2O3表面上でPA6を加熱シミュレーションにより融解させることで作成しました。剥離計算は、α-Al2O3の一部(灰色部)の原子を固定し、PA6の上部(青色部)の原子に上向きの一定速度vzを与えることにより行いました。これらの計算にはLAMMPSを使用しました。

図1 計算モデルと剥離計算の制御方法

計算条件

モデル

PA6:重合数n=10, 比重:1.13
α-Al2O3:表面の酸素を水素で終端

表1 MDシミュレーションの計算条件(仮:セルの結合)

計算結果

Reaxポテンシャル及びLJポテンシャルによるシミュレーションのスナップショット(変形部のひずみ量:0.0, 0.1, 0.2, 1.0)をそれぞれ図2に示します。どちらのポテンシャルを使用した場合においても、界面における樹脂の剥離・割れによって破壊が起きていることが分かります。

図2 シミュレーションのスナップショット

各ポテンシャルの計算による、SSカーブを図3, 図4に示します。Reaxポテンシャルによる計算では、一般的な樹脂が示すようなSSカーブが得られませんでした。これは、Reaxポテンシャルでは計算が重たいためにモデルサイズが小さく、バルクサイズに対して樹脂が長過ぎるためだと考えられます。一方、LJポテンシャルによる計算からは、ひずみ量約0.1で降伏するSSカーブが得られました。

図3 ReaxポテンシャルによるSSカーブ

図4 LJポテンシャルによるSSカーブ

図5に示すように、剥離強度は引き剥がし速度に依存し、引き剥がし速度が速くなるに従って増加しました。これは、引き剥がし速度が速いほど、系が緩和せずに引張が進行し、系がエネルギー的に不安定な軌跡をたどるためだと考えられます。本計算では実際の系より遥かに速い引き剥がし速度で計算を行っているため、引張応力が実際より大きく計算されていると考えられます。

図5 引張速度と引張応力の関係

図5 引張速度と引張応力の関係

また、α-Al2O3/PA6界面の影響を明らかにするために、1.7×1010のひずみ速度の剥離シミュレーションと、同ひずみ速度のPA6の引張シミュレーションから得られたSSカーブを図6に示しました。前述のとおり実験よりも速い引張速度で計算したため、樹脂の強度は実験値(60~100MP)より大きな値を示したものの、界面の存在により破断強度が低下していることが分かります。

図6 α-Al2O3/PA6界面モデルおよびPA6バルクモデルのSSカーブ(ひずみ速度1.7×1010 /s)

α-Al2O3とPA6が接着した状態と分離した状態のエネルギー差から、接着仕事を計算し、表2に示しました。

表2 各ポテンシャルで計算された接着仕事

計算された接着仕事は実際よりやや高い値を示しました。これは、モデルサイズが小さいため実際の界面に存在するような大規模欠陥が含まれていないことや、使用したポテンシャルの精度に起因すると考えられます。

次に、各ポテンシャルの妥当性を確認するためにDFT計算との比較を行いました。DFT計算との比較は、図7のようにα-Al2O3とPA6モノマーの距離を変化させたときの相対エネルギーの変化を比較することにより行いました。

図7 計算モデル

DFT計算の計算条件を表3に示します。

表3 DFT計算の計算条件

各手法で計算された相対エネルギー変化を図8に示します。

図8 Al2O3とPA6の距離の変化に伴うエネルギー変化

DFT計算との比較により、特にReaxポテンシャルによる計算結果とDFTとの誤差が大きく、ポテンシャルパラメータに問題があることが分かりました。一方、LJポテンシャルの方は、多少DFTのカーブと違いがあるものの、極小値は同じ結果でした。そのことから、今回のケースでは、LJポテンシャルの方がより実際の系に近い結果を示した。そのことから、LJポテンシャルで計算を行う方がモデルも大きくでき良い結果を得られると考えられます。